会社を辞めたきっかけは「うつ病」と「サッカー」

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はじめまして。ラーテルです。

私は現在46歳。2017年8月31日付けで、新卒より25年間勤務した会社を辞めました。その大きな理由は自分がうつ病になってしまったからです。

正直、無謀だと思っています。40代も後半にさしかかる「うつ病のおっちゃん」が人生の大きな岐路に立つことになるのですから。

1年前の私はこんな決断を自分がするなんて夢にも思っていませんでした。

ただ、その一方で何だかとてもスッキリした気持ちでもあるのです。

自己紹介もかねて、私が会社を辞める決断をするまでの経緯をまとめてみたいと思います。

 

ホームセンターの店員に対し鬼の形相で激怒事件

年末年始もなく、激務に追われていた私の会社員生活。

そんな私に「心療内科医の先生に診てもらった方がいい」と言ったのは妻でした。

当時は休日も精神的にゆっくり出来ないほど、私の生活は完全に会社中心。

休みの日でも仕事のことが頭から離れないので「どっか行こうか」という気持ちになれず、休日もほとんどは家でゴロゴロしている始末。

そんな私を見かねたのか、2017年1月のある日、妻がホームセンターへ運転手として私を連れだしました。

私はせっかく来たのだからDIYに必要な木材でも調達しておくか。と軽い気持ちで木材カットをしてくれるサービスコーナーに購入した木材を持っていきます。

そこで私は怒り狂ってしまいました。

原因は木材カット担当者の接客態度。

今にして思えば本当にささいな事だったと思います。

その担当者を大声で怒鳴りつけ、威嚇し、あげく購入した木材も「もういらない!」と言い放ち、駐車場に停めた車に戻った私。

 

「あれ?木材買ったんじゃないの?」

「ちょっと腹が立つことがあったから、置いてきたっ」

「置いてきたって、、、いくらしたのよ?」

私「5000円いかないくらいだったかな?」

妻「5000円?!ダメでしょそんなの?おかしいよ?」

私「いいんだよ!」

 

結局その時は妻がレシートを持って店側にお詫び。返金もしてもらってきてくれました。

ホームセンターからの帰路でしばらく黙っていた妻に私はこう言われます。

「なるべく早く、心療内科の先生の診察受けて。お願い」

妻は私がおかしくなってきていた事に気がついていたのです。

 

やっぱり心療内科でうつ病と診断される

妻の言葉を受け、私はそれから数日してから心療内科で診察を受けました。

そして、やっぱりうつ病と診断されます。

実は自分がおかしくなってきている事にうすうす気がついていました。

感情の起伏、特に「怒り」が抑えられないことが増えているという自覚があったのです。

過去に私はパニック障害で2005年の秋に1か月、2008年から2009年にかけては15か月も会社を休職していた時期があり、今回うつ病と診断してくださった先生とも10年以上の付き合い。

もともと、こうした心因性の症状を抱えていました。

しかし、ここ1~2年は激務ながら仕事は順調で、私自身も「薬さえ飲んでれば大丈夫」とタカをくくって、あまり診察は受けていませんでした。

 

うつ病と診断されながらも働き続ける

2017年1月にうつ病と診断を受けた私はそのことを上司に伝えたものの、仕事を休むという選択肢は頭の中にほとんどなくそのまま働き続けます。

この頃の私は、もう感情のコントロールがほとんど出来なくなっていました。

怒り、悲しみ、絶望、こうした感情が制御出来ないのです。

仕事をしていく中で問題が発生するたびに大声で怒鳴りちらし、ミスをした人間を罵倒し、手当たり次第にモノを投げ、壊し、最後には涙が止まらなくなってしまう。

私の態度や行動が沢山の同僚を傷つけました。

いつ大きな問題を起こしてもおかしくない。そんな状態だったと思います。

 

うつ病診断を受け3か月後から会社を休職

2017年4月から私は休職する事になります。

休職開始当時は「少し疲れてるんだ。ひと月休みをもらえれば大丈夫だろう」くらいの気持ちでした。

しかし、休職期間はそのままどんどん延びていきます。「いくら休んでも気持ちが一向に休まらない」そんな毎日。

結局、過去の休職期間と合わせて私は会社の就業規則に決められている休職最長期間を使い切ってしまいました。

この頃の心情は「どうしよう」という不安と「もうどうでもいいや」という開き直りとの間で葛藤の連続。

徐々に「もう、普通に働くことは出来ないんだろうな」という思いも生まれてきます。

うつ病のおっちゃんにはどういう仕事が出来るのか?こんなおっちゃんがいたら家族はどうなっちゃうのか?

そんな不安を感じながら休職期間の満了を迎えたのが2017年6月末。そこからは消化出来ていなかった有給休暇を使い、そのまま仕事を休む日々が続きました。

 

「会社辞めよう」そう思えた瞬間に光がさした

「会社を辞めよう」という考えが自分の中で生まれてきたのは、休職期間満了に近い6月下旬ごろ。

「休職している自分」を徐々に受け入れ出した頃です。

その頃、私には「お金になるかならないか」は別にして「やってみたい」ことが生まれてきていました。

それはサッカーです。

子どもの頃から「するのも見るのも大好き」で私の「原風景」ともいえるサッカーにかかわる事がしてみたくなっていたのです。

そして「やりたいことがあるなら、会社辞めなくちゃ」という思いが強くなっていきました。

暗闇に光がさしたように感じた半面、疑心暗鬼の気持ちも。

ただ、それを打ち明けた日に妻からもらった「それでいいと思うよ」という言葉は私の迷いを打ち消してくれました。

7月の会社との面談で私は「会社を辞める」という意思を伝え、結果として2017年8月31日付けでの退職が決まります。

 

退職の判断が正しかったかは分からない

と、ここまで46歳のおっちゃんが会社を辞めるに至った経緯をまとめてみましたが、正直この「会社を辞める」という判断が正しかったかどうか、今はまだ分かりません。

普通に考えたら、「大丈夫なの?」ってなりますよね。

転職先のあても無いのに会社辞めちゃうなんて、自分で言うのも何ですが、ちょっとおかしいです。

ただ、もうこうなったら何か始めなくちゃ!という思いで人生初のブログ運営をしてみることにしました。

好きなサッカーの話を書きかったんですが、まずは自己紹介として「会社を辞めたこと」「うつ病のこと」は避けられないなと。

46のおっちゃんがこの先どうなるかなんて、皆さんまったく興味ないと思いますが、

「このブログは基本的にサッカーの話を中心にしていきたい!」

こう思っておりますので、以後お見知りおきの程をお願い致します!

 

サッカーブログ「11人の群れ」もよろしくお願いします!

ブログ「11人の群れ」

 

 

 

こちらでもブログをやっております。是非ともお暇つぶしにでもご覧いただけますと、私の生きる力へと変わります。

よろしくお願い致します!

この記事へのコメント

  1. こんにちは
    私もいろいろあって働けなくなったりしたからちょっとだけわかる。辞めようと思ったら光がさしたの、すごくわかる。
    これからの事、いろいろ考えてしまうかもしれないけど、アントニオ猪木さんも言ってるよ「元気があればなんでもできる」って。
    なんでもっていうのは?だけど、元気があれば選択肢も増えるし、それがまた元気の源になると思うので。まずはご自愛ください。

    1. コメントありがとうございます!
      健康であることの大切さは、年を重ねていくだけ身に染みてきますね。
      でも、まだ老け込む年齢でもありませんし、このタイミングで今後の生き方をゆっくり考えるのも悪くないと思っています。
      今後も何か思ったことがあれば、是非コメントしてくださいね!

  2. 初めまして。
    自分の境遇が似ているので思わずコメントさせていただきました。

    柏レイソルサポータ、柏市在住(日立台まで徒歩で行けます)、同じ年齢、かつうつ病で3か月間会社を休職していたことがあります。最近は少し症状が落ち着いてきたので、時間があれば日立台にも行けるようになりました。小学生の子供連れなので、柏熱地帯の2階席にいることが多いです。

    生きがいというか目標ができると、気持ち的に張りが出ますよね。
    レイソルのタイトル奪取とともに体調も整えましょう!(もちろん私もですが)

    1. コメントありがとうございます!
      私はあの日日立台へ行って、本当に良かったと思っています。
      止まって壊れかけていた時計の針が動き出すようにして、私の生活も一遍しました。

      環境が変わったことで、私の体調は劇的に改善してきています。
      しかし、私がこれまでに陥った状況は、自分が招いたことでもあると思っているので、何事も「やりすぎ」にならないように自制を心掛けております。(笑)
      日立台でもお会い出来たらいいですね!
      これからもどうぞよろしくお願い致します!

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